梅雨の再来、今日は消毒したのに大雨に・・・ 義父の戦争体験記(~最終章)


今日から向こう一週間は雨が続く予報
   
梅雨でもないのに、どうなんでしょう

これ以上黒点病が広がらないように

主人が朝、消毒してくれたのだけど

午後から雨の予報が、

消毒してすぐに雨になっちゃいました

そして、午後には雷と大雨
 
昨日消毒しておくべきだったわ

今日咲いたバラ

雨の降る前のバラ、このあと大雨でビチョビチョ

になっちゃいました

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KIZUNA

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ピンクオブプリンセス

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ピンクイブ

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ビアンビニュ

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タイフーン

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ウエッジウッドローズ

 
今日のニャンコ


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家族のそばが大好きなモコちゃん

娘がテーブルでパソコンの操作をしていると・・・

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だんだん、ちょっかいをだしてきて

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とうとう、パソコンを占領してしまいました

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そして、別の場所でパソコン操作してた私が

ちょっと席を立ったすきに

今度は私の座っていた椅子を占領です

おじゃま虫のモコちゃんだけど、大好きよ



 義父の戦争体験記

「北鮮哀歌」 第13~15章(最終章)は  続きを読むで 

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第十三章. 只管(ひたすら)妻子の歸国を待つ

 歸国後の事は此処に書く要はないと思う。唯、私はどんなに妻子の事を心配したか、どんなに歸りを待った事か、中関行の自動車が通る度にあのバスで歸ったのではないかと何回想った事であろうか。新聞を見ては一喜一憂し、或いは空を飛んで居る進駐軍の飛行機を見る度に、あの飛行機で迎えに行けば一日で連れて歸れるのだが、と出来もしない事迄想像した。あゝ此の苦しみも無事で歸りさえすれば一瞬にして忘れて(しま)うのだ。亦、つらい思いをして歸った妻子にもどんな事でもしてやれるのだ、と想ったりしてやるせない日を過ごして行った。こうして十月が過ぎ十一月が過ぎ寒い十二月になった。今の間に歸らなければ厳冬になったらとても脱出は出来ないのだと思うと段々不安が募ってきた。

 十二月十日頃、母が今日朝鮮から引揚列車が通過すると云う事を聞いてきた。私は早速驛に行って待っていたが驛員に尋ねても全然解らないと云うので諦めて歸ってきた。それから間もなく下松から葉書が来て野田の婆さんと嫁さんが歸った事を知った。私の家族は後になると云う事が書いてあった。私はそれを見て一抹の不安が募ってきた。どうして妻は歸れなかったのだろうか。或いは警察官の家族と云う事で保安隊が歸さないのではなかろうかと・・・・・・。早速下松に行った。様子を聞くと妻は野田さん一家の人と新幕を出発したらしいが、新幕を出るとすぐ野田の爺さんが行方不明になり、妻は新幕から五・六里離れた平山郡新岩面付近まで一緒に来たが妊婦の為歩行困難となり遂に途中で別れて歸ったと云うのであった。あゝ何と云う事であろうか、何とか方法はなかったであろうかと心の内で想っても事実は仕方がなかった。私は家に歸っても落ちつかなかった。地理も鮮語も解らない者が途中一人になって悲観のどん底に至り自殺でもしなければ良いが、誰か助けて呉れる者があれば良いがとそればかり念じた。

 私はこうなったら朝鮮に渡り京城迄でも行って妻子の消息を捜らなければならぬと思い警察署に行って南朝鮮渡航願を提出した。然し之もマッカーサー司令部の許可が要るので何日かかるか解らないと全く頼りない話しであった。その後十日ばかり経って野田の爺さんが歸って来て私の家を訪ねて来た。爺さんの話に依ると妻は鮮人に親切にされ無事に新幕に戻ったと云う事で一応安心した。然しもう此の冬の間はとても脱出は出来ないから皆で冬を越して春になって歸るつもりでいると話された。年を越してから岡村氏から新幕の校長であった保永校長が歸られたと云う事を聞き早速問い合わせの手紙を出した。その返事に依ると大体野田さんの話と同じ様であった。冬さえ無事に越せばいずれ歸って来るだろうと思われた。唯私の妻の場合は他の人と違って妊婦という事が何より気懸りではあったが、まだ大勢の日本人が居るのだから病気にさえならなければ決して心配する程の事ではあるまいと思われた。

 其の後は永い間消息不明であった。厳冬期であるから脱出しようにも出来ないのだ。不安の常態の儘春の暖かい時期を待つより方法がなかった。其の間身を削られる様なつらい想いで妻子の消息を・・・・・・。歸国を・・・・・・。どんなに待った事か・・・・・・・。 


第十四章. 噫遂に歸らず

やがて陽春の四月も下旬頃、北鮮からの引揚船がぼつぼつ入港しだした。私は矢も盾もたまらず様子を聞く為に博多に行った。引揚援護局に行って引揚者の乗船名簿を見て行く内に、新幕の日本人会長をされた甲陽旅館の主人磯部貞次郎氏の名が載っていた。歸住地を見ると福岡市職人町である。私は早速磯部氏の家を訪問する事にした。職人町の町内会長さんに家を尋ね磯部氏の家に行った。間もなく衰弱された磯部氏が出て来られて、まあ二階に上がりなさいと云われ二階に上がった。私は待ち切れなくなって妻子の安否を尋ねた。すると磯部氏は「ほんとにお気の毒な事になりました。」と云われた。私は一瞬胸がどきんとした。思い切って私は「亡くなったのではないでしょうか。」と尋ねた。すると磯部氏は「えゝ奥さんも子供さんも伝染病で亡くなられました。誠にお気の毒です・・・・・・。」と云われた。

 あゝ其の時の私の驚き、今の今迄歸って来るものと思い込んで居たのに。こんな事になろうとは・・・・・・。俄に世の中が真暗くなった様な感じがし、気も転倒せんばかりであった。しばらくは物も云われなかった。やがて死亡診断書や貯金通帳等を出された。あゝ、之が夢であって呉れれば良いがと思っても、現実はどうする事も出来ないのだ。

 それから妻子の状況を詳しく話された。それに依ると妻は、今年一月一日女子を分娩したが四日目には赤チャンは死んだ相である。死亡診断書には加代子と名前がつけてあった。それから間もなく発疹チブスが発生し、大勢の人が斃れて行った相である。妻も玲子も遂に感染し、玲子は二月三日に、妻は二月七日それぞれ息を引き取ったと云う事であった。

 あゝ、何と云う悲惨な最后であった事か、どんなにつらかったであろう・・・・・・。どんなにか歸りたかったであろう・・・・・・。其の哀れな最后を想う時、正に断膓の想いである。

 其の他に新幕同胞の哀れな状況を色々語られた。其の内特にお気の毒なのは、私の親友藤川部長の奥さんである。奥さんは、私の妻の出産の世話や看病をして下さった相であるが、不思議に病気には罹らず最后に脱出されたが、途中国境付近に於いて、ソ連兵から銃で股を射たれた相であるが、それでも京城迄二人の子供を連れて辿りつかれたが、京城で遂に亡くなったと云う事であった。まだ此の外に一家全滅、親子生き別れとか聞くも哀れな話が覚え切れない程あった。

 やがて私は磯部氏の家を辞して町に出た。此の儘死んで終りたいと幾度想った事であろうか。然し一度歸って話さなければならぬと考え、重い足を博多驛に向った。

 家に歸って私は誰も居なかったのを幸い、仏前に行ってお燈りを上げ線香を焚き合掌しつつ、いつ迄もいつ迄も男泣きに泣いた。

 五月六日、悲しい葬式が行われた。妻の実家に対しては何とも申し訳ない事であった。私は云うべき言葉も出なかった。 

    真実院釋妙澄大姉
    釋妙玲童女
    釋妙美童女
    釋妙順童女

私は変わり果てた妻子等の位牌を眺めて唯呆然としていた。


第十五章. 北鮮哀歌

私はそれから全く希望の無い日を過ごした。亡き妻子が在りし日の事など想い出しては涙ぐんだ。

愛しの妻よ、玲子よ 安らかに成仏して呉れ、おん身等は永らえるべき生命を戦争の為に犠牲にして(はかな)く散って行った。

全く慰めの言葉も無いのだ。之が運命とでも云うのか、(はた)又前世の約束とでも云うべきか・・・・・・。最愛の妻子を失った私は諦めようにも諦めようがなかった。世の中に悲しい事は多かろう、然し之以上の悲しい事が何処にあろうか。私の此の悲しみは私の念頭から永久に離れられないであろう。

 此処に終戦以来の経過を綴り、又異郷で悲惨なる最後を遂げし妻子を初め、同じ想いで斃れられた新幕の幾多の同胞の為に拙き詩を綴りて、些少なりとも霊を慰めんとするものである。

 

北鮮哀歌(新幕の歌)

 一.時は昭和二十年     八月半ばの十五日
終戦の大詔出てより   北鮮の悲劇初まりぬ
一部の不逞鮮人は    幾多の者を煽動し
日本人を襲撃す

 二.不運なるかな朝鮮は   三十八度を境にし
アメリカソ連に分かちたり 頃は八月末つかた
北鮮進駐のソ連兵    日本人を見つけるや
掠奪強盗強姦す

 三.哀れ犠牲の同胞は    職を奪われ物盗られ
夫はソ連に拉致され   取り残されし妻や子も
保安隊の迫害で     一つ所に収容され
歸る術とて見つからず

 四.永い間の抑留に     糧は無くなり金も無し
折りしも襲ふ厳寒期   衰弱の身に哀れにも
発疹チブスが発生し   治療の術もあらばこそ
ばたばた斃る数百人

 五.妻は夫に生き別れ    絶望の身に唯一つ
故國に歸るを一心に   祈る心も容れられず
親も子供も諸共に     哀れ淋しく散って行く
あゝ北鮮の大悲劇

  

懐かしの

故国も見ずに

北鮮で

春をも待たで

逝くぞ悲しき

 

  

読んでくださってありがとうございました
手記は紙が黄変し、シミも多数あって
このままでは、読めなくなるというので、
主人と次女が、7年位前にパソコンに書き写したものです

義父はその後再婚し生まれたのが主人
バック・トゥ・ザ・フューチャーのように過去に遡れたら
峠越えの時にそっちの道は危険ですよって教えてあげられるのにって
言ったら、そうしたら自分(主人)は生まれないよって
 あ、なるほど
人生の選択肢といいますか、人生の岐路
いろんなところで、あの時ああすれば今は・・・
って思うこともあるけど、自分が選んだ道ですものね
過去は振り返ってはいけません

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手記を読ませていただきました
はじめまして。私も、けいこといいます。
貴重な手記を最後まで読ませていただきました。
言葉では言い尽くせない想いが胸に迫りました。

私の祖父は満州から逃れ、幸い一家もろとも長崎へ帰ることができました。
引揚げの詳しい話は聞くこともなく亡くなりましたので、今では後悔しています。
貴重なお話を有難うございました。
いつもバラのお話、楽しみに訪問させていただいています^^
keiko* | URL | 2014/08/15/Fri 00:57 [編集]
お義父さまの貴重な手記
立派なお義父さまですね。
酷さ、悲しさ、逞しさ、を感じながら読ませていただきました。
忘れてはならない、後世に教えなくてはならい、と綴られたのでしょうね。
戦争を知らない私に戦争の恐ろしさ生きるとはを教えていただきました。
書き写されたご主人と娘さんも立派です。
素晴らしい手記をありがとうございました。

ケイコ | URL | 2014/08/15/Fri 16:19 [編集]
昨日からずーっと雨ですね><
今日も草引き頑張りたかったのにできませんでした。。。
猫さんが邪魔しに来ても許せちゃいますよね^^可愛い♪
にゃんまま | URL | 2014/08/15/Fri 17:50 [編集]
keiko*様へ
keiko*様、初めまして
この度は義父の手記を読んで頂きありがとうございました。
主人も、義父が亡くなって初めてこの手記が書かれている
ことを知ったみたいです。
悲惨な体験を語り継いで、平和を実感できればと思います。
keiko1203 | URL | 2014/08/15/Fri 20:13 [編集]
麻呂です♪
雨なんですね~!!
消毒くしてすぐ降られちゃうと
ガッカリですよね~。
モコちゃん可愛いですね~!!
みんなのアイドルですね。 (=^・^=)
maro | URL | 2014/08/15/Fri 21:20 [編集]
改めて知る悲惨な戦争
こんばんは! Keikoさん

Keikoさんご夫妻や私を含め多くの国民が
戦争を知らない世代ですが、この時期に
かつては悲惨な戦争が起こり想像を絶する苦難が
幾多の人々のに降りかかったことを忘れてはならないですね。

ご主人さんもお父さんが亡くなられてから初めて
手記があることを知り、読まれて父の苦難を知り
涙を流したことでしょう。

私の父も生前 出兵したようですが戦争の話は
自ら話すことはありませんでした。
誰もが言葉では言い表せな辛い思いをしているからでしょう。

今回Keikoさんのお義父さんの手記を読ませて頂き
戦争のむごたらしさを再認識し二度と起こしてはならないと痛感します。
残念なことに現在でもイスラエル・パレスチナの紛争をはじめ
各地で戦争状態が続いています。
何とか終結してほしいものです。
同じ人類が戦争のない平和な世界を願います。
花咲かじいさん | URL | 2014/08/15/Fri 22:50 [編集]
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| | 2014/08/16/Sat 17:13 [編集]
お義父様の手記、拝見しました。
想像を絶する体験に、言葉もありません。

うちも庭の一角が黒星病祭状態です・・・( ̄∀ ̄;)
やっぱり弱い種類があるんですね。1本が被害がひどいとそばのバラにも広がってしまうようで・・。
しまぺんぎん | URL | 2014/08/16/Sat 23:48 [編集]
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